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ページ数の多い本、尾崎紅葉の『金色夜叉』

おそらくは新潮文庫の中で一番ページ数が多いのでは?と思われるほど分厚く、古文と現代文が入り混じった非常に読みにくい本ですが、もう最初から最後まで間延びすることなく、すっかりその耽美で悲哀な世界に浸ってしまいました・・・。

身寄りがなく、許婚のお宮の家に同居する将来を約束された書生貫一の人生は、大富豪富山唯継(ただつぐ)の出現により、大きく狂う事になります。

新春のかるた会で美しいお宮を見初めた唯継は、その財力に物を言わせて、お宮を自身の嫁にと申し入れます。

相思相愛であったお宮と貫一ではあったが、何よりもお宮を大切に想う貫一とは異なり、お宮の方は本当に貫一を愛しているのか、幸せな日々の中にもやや満たされない日々を送っていた。そのお宮の心に、唯継の指に光る大きなダイヤモンドの光が怪しい影を落としてきます・・・。

遂にお宮は許婚の貫一を裏切り、唯継に嫁ぐ決意をします。

何よりも大切なお宮を金銭の力の前に失った貫一は、激しい怒りと共に茫然自失し、将来を約束されたその生活を棄てて、高利貸しの手先となります。

ここから金銭に魅せられたお宮と、金銭の力を見せられた貫一の哀しくも真実の物語が始まります・・・。

結局作者の紅葉自身が病死してしまったため、この物語は未完に終わっているが、この本の最後の方で、宮は己の選択を激しく悔い、身を窶して精神を病んでいきます。貫一は己が既に人間としての道を外れていることを自ら認めつつも、哀しみを紛らわすためにその生業をやめず、宮の謝罪も受け入れる事は出来ず、悶々とした日々を送ります。

なんて哀しい物語なんだろう・・・。

でこのも悲哀を通じて終始問われているのは、「人としていかに生きるべきか?」という人間の根源的な問いでもあります。

西洋に追いつけ追い越せで急速に近代化して行く社会にあって、この「人生の意味」を問いかけた『金色夜叉』という小説が、この時期のベストセラーであったという事実は、早くも明治初期の頃から、近代化の中で、人間らしい何かが失われていく、そんな危機感を社会が共有していたという証拠なのではないだろうかと思います。

お宮と貫一・・・。

紅葉が書き続けていれば、きっと昔のように、慎ましくも幸せな暮らしを取り戻していたのではないかと思います・・・。これは予想と言うよりはむしろ祈りに近いけれど・・・。

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