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南米の小説家であるイサベル・アジェンデの小説『精霊たちの家』を読んで

南米の某国に生きる母系3世代の有為転変を描く大河ドラマです。同じく南米の小説家のマルケス『百年の孤独』から、ユーモアと想像力の飛翔と人の多様性を引いた内容との印象です。テーマのひとつである政情の変化は抽象的でふわっとしています。

気に入らないところがふたつあります。

まず男女の描き方です。基本的に女性は無条件に、賢く、優しく、勇気があり、辛抱強く、美しく、そしていじめられます。対する男性は、女性たちが愛したり、好意を持っていたりする相手以外は、”ザ・悪”か、空気です。登場人物の個性の多様性がありませんでした。

もうひとつは、三人称で書かれている小説なのですが、いわゆる「神の視点」が頼んでもいないのに、未来を正確に記述していることです。本文1ページ「それから五十年後、私はそのノートのおかげで過去のできごとを知り、突然襲ってきた不幸な時代を生き延びることができたのだが、」

そういう描写がざっと30回以上はあります。

小説を読むことの楽しみとして、面白くて、続きが気になって仕方がない。明日は学校や会社に行かなければならないのに、もう1ページ、もう1ページと頁を繰り、朝方を迎える。少し疲れたけれど、後悔はしない。なぜなら、人生の一部に素晴らしい体験を付けてくれたから、という人も少なくないのではないでしょうか。私にとっては、はらはらわくわくするその時間が小説の「一番、大事」なところであると考えます。

先回りして、読者の興をそぐことに、どんな目的があるのか、私にはわかりませんでした。

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