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徳田秋声の本『仮装人物』

この作品、それまでの日常生活の閉塞感、平凡感を描いてきた秋声の作品とはイメージが異なり、ややハイカラな趣のある作品です。

妻の死により、平凡な結婚生活も終わりをとげ、寂しい余生を送るばかりであった作家庸三と、その前に突如として現れた文学を志すバツイチの美女葉子・・・。

この二人の恋愛模様がこの作品の主題になっています。

このヒロインの葉子は、日本的なつつましやかな美と欧米風な華やかさを併せ持ち、家庭に入るのではなく文学を志すような、まさに明治という新しい時代が産み落としたような女性です。

妻に先立たれ、このまま平凡な余生を送るのかと思っていた庸三は、不意にこの葉子と愛人関係になります。

しかしこの二人の恋愛は決して微笑ましいものではなく、嫉妬と打算が入り混じった、言うなれば「腐れ縁」でした。

気がつくと若い芸術家や医学博士と男女の関係になってしまう葉子、そんな自由奔放な葉子に翻弄され、時には嫉妬で憤りを感じつつも、その魅力から離れることのできない庸三・・・。

本当に読んでいて庸三のダメさ加減に呆れてしまいました(苦笑)

『痴人の愛』の河合譲治よりは露骨ではありませんが、庸三はもう本当にダメな男です・・・。

でも男性なら人生で一度はこんな我侭でキレイな女性に翻弄されてしまった経験があるはずです(苦笑)

なんだか読んでいて、過去の自分がエグられるようで、目を塞ぎたくなりました・・・。

さて、この作品は作品的には『痴人の愛』ほど刺激はなく、特に心躍るようなシーンもありませんが、「あとがき」は相当面白いです。何せあとがきを書いているのが、あの秋声を絶賛した川端康成であるからです。

川端康成は、おそらく自身が作家であるからかもしれませんが、この作品について、次のように述べています。

「してみれば『仮装人物』とは思想らしい思想の象徴ではない。ここで結論を急ぐなら『仮装人物』とは、作家というものの象徴と受け取れるのである。」

なるほど、川端はこの作品から、常に「仮想の」正解に身をおかなければならない作家の心理を読み取ったようです。確かに作家は、自分の創り出す文学の世界に生きているのか、はたまた普通の人と同じく市井に生活者として生きているのか、よくわからなくなるのかもしれない・・・。

言うなれば、すべてが「仮想の」現実なのです・・・。

いつも「仮装」して「仮想」の現実に生きる・・・。そこに作家の哀しみがあるのかもしれません。

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